2017 民進党代表選挙特設ページ

枝野幸男の決意

みんなと進むリーダーでありたい。

政権を退いてから5年。民進党という新たな旗を掲げて1年。
ときには幹事長として、ときには一議員として全国を飛び回り、
党再生のきっかけを掴もうと奔走してきました。
各地では厳しい批判の声もじかに浴びました。わたしの念頭にあったのは、
党を結束させ、現在の政治と対峙することから逃げ出さない、
ただその想いだけでした。
しかし、もはや下を向いてばかりではいられません。
新たな日本政治のステージをつくることに、ふたたび挑戦すべき時が来ました。

民進党は国民のための政党です。
それを支えているのは全国1500人を超える地方自治体議員、候補予定者、
そして全国20万人を超える党員・サポーター、一人ひとりです。
まずは、日々の暮らしの中で地道に党を支える方々の声に向き合い、
膝を付き合わせ議論する。
永田町の論理ではなく、国民の目線でみずからの足元を見つめ直す。
地域に根ざす国民政党として、新たな民進党をつくっていきたい。
党再生の第一歩はそこから始まると確信しています。

経済、エネルギー、憲法。
あらゆる重要分野で、国民の声を代表する現実的な対抗軸をしっかりと示し、
民進党らしいイニシアティブを発揮しましょう。
いま必要とされているのは、独りよがりで傲慢なリーダーでも、
目先の解決に右往左往するリーダーでもありません。
わたしは国民みんなとともに歩むリーダーでありたい。

わたしにはあなたの力が必要です。

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ニュース

8月30日ニュース
2017年8月30日
旗を高く掲げ、安倍政権を打倒しよう!...
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8月29日ニュース
2017年8月27日
自公政権に変わるしっかりとした対立軸を打ち出します!...
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8月28日ニュース
2017年8月26日
国民の声を聞くボトムアップ型のリーダーをめざします!...
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応援メッセージ

政権与党は暴走と迷走を続ける。その中で野党政治の漂流を押しとどめる筋目を見つけ、世にあふれる国民の声を受け留めること。その担い手として旧知の枝野君の力量に期待します。危機の十年の間に政治家としての器を磨いてきた「えだの幸男」を、いま日本の政治が必要としています!

大学同窓 樋口陽一(憲法学者)

民進党代表選をコップの中の嵐に終わらせてはいけない

是非、街頭に出て、直接国民に語りかけて欲しい。たった24万人の党員やサポーターに呼びかけているからスケールが小さくなるのです。

国民が待っているのは
①脱原発で自然エネルギーを推進し、
②自国民の命を守り、他国民も殺させず、
③こどもたちの現在も未来も明るくする
④人種や宗教や意見が異なってもお互いを認め合う社会です。

これに応えているのは枝野さんですね。

街頭で直接国民に訴える良いチャンスなのですから、外で訴えるべきですね。
投票権のある党員やサポーターに訴えようとするから小さくなり、コップの中の嵐にしかならない、国民は傍観者として批判しかしないのは当たり前です。
傍観者としての批判をされたくないなら、国民に当事者意識を持たせるためにも直接訴えるべきです。
今からでも遅くありません。外に出て語ってください。自民党との違いではなく、理想の社会を。 あるべき国の姿を。

木村結

安倍政権下で日本の社会制度はどれも機能不全に陥っています。一刻も早く潮目を変えないと、未来の世代にとりかえしのつかない負債を残すことになります。枝野さんに野党共闘の推進と立憲政治の回復を期待しています。

内田樹(神戸女学院大学名誉教授・京都精華大学客員教授)

「9条加憲論」の前原氏が代表になったら、民進党は終わりです。枝野氏を立てて野党選挙協力を実現し、安倍政権にとどめを刺して下さい。

高野孟(ザ・ジャーナル主幹)

5年前の2012年夏、脱原発を望む20万人の人々が首相官邸の前に集まりました。そして、私たち首都圏反原発連合は、官邸にて野田元首相と面談をしました。その後、民主党政権は「2030年代原発ゼロ」政策を打ち出し、それは民進党に引き継がれています。
  私は、「原発ゼロ」を政策に掲げるえだの幸男氏を応援し、「原発ゼロ法案」の実現を心より望みます。自民党との対立軸に、「原発ゼロ」は欠かせない要素だと確信します。

Misao Redwolf(首都圏反原発連合)

枝野幸男氏に期待する
枝野幸男氏とは薬害エイズ運動の最中、厚生省前で立ち話をしていたことがある。基本的に弱者への眼差しがあることは知っている。
枝野氏の思考は、緻密で論理的でリアリズムに徹している。わしが主催する『ゴー宣道場』で、最強のリベラリスト・井上達夫氏と激しい論戦をして引き分けたほどのタフな論客だ。
わしは憲法改正論者だが、憲法に自衛隊を明記する安倍首相の加憲論では、現在のPKO活動や集団的自衛権の参加などは危険極まりないと思っている。
それならば、枝野氏の防衛論は、個別的自衛権を強化し、集団的自衛権を否定するものだから、比較すれば枝野氏の考えの方がリアリズムである。
原発ゼロは自民党では絶対やれない政策であり、国民も支持するだろう。
第二自民党なら、維新の会がある。小池新党が第三自民党になる。民進党が第四自民党になる必要はない。二大政党制と言うのなら、「自由」と「平等」が戦う構図しかあり得ない。
自民党に接近するのが保守ではない。枝野氏は自民党に確実に対抗するリベラルな政党を作っていただきたい。そこに本当の保守の姿も見えてくるだろう。

小林よしのり

私も民進党員の一人です。民進党が真の野党第1党として、安倍政権に対峙するには、枝野さんが代表にふさわしいです。 枝野さんは安倍政権の権力私物化に現実的な危機感を持ち、共謀罪反対も体を張って対抗していました。 私は脱原発裁判を闘っていますが、3・11東京電力福島第一原発事故の際、東日本大震災を「異常に巨大な天災地変」だとして東京電力が免責されることを許さなかったのは、当時官房長官だった枝野さんの功績です。

河合弘之(弁護士)

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民進党ビジョン

1.真っ当な民主主義

森友・加計学園問題、防衛省の日誌隠蔽など、自民党の一強政治は暴走し、政治や官僚機構を私物化し、事実を隠蔽し、国民の声に真摯に向き合う姿勢を放棄しています。わたしたちはこの政治の危機を正しく認識し、全力を挙げて国民の不満と怒りを受け止め、真っ当な民主主義・議会政治を実践しなければなりません。

2.未来志向のビジョン

1年前に新たな旗のもとに出発して以降も、いまだ民進党への国民の信頼は回復していません。現在の一強政治を招いた原因の一つは、間違いなくわたしたちにあります。この現実から目を逸らさず、今こそ国民のための政党として再出発します。長らく自民党の一党支配が続いた日本政治において、3年間の政権担当の経験は大切な財産です。反省すべきところを真摯に省み、より伸ばすべきだった政策には磨きをかけ、本格的な二大政党の一翼を担えるように身を粉にして働きます。

3.国民とともに歩む政党へ

国会議員だけが永田町の論理でいくら旗印や代表を変えても、本質的には何も変えることはできません。厳しい状況の中、党を支えている地方自治体議員、候補予定者、党員、サポーター。国民の一番近くで地道な活動を続けている、あらゆる人に開かれた丁々発止の議論を通じて、党が進むべき方向を力強く共有します。わたしたちは、地方自治体議員、候補予定者、党員やサポーターも含めた真の挙党体制を実現し、国民とともに歩む政党として再出発します。


政策

1.支えあう経済

多様性を認め合い、互いに支え合う経済を実現します。国民の所得を削り、中流層を激減させたままでは、本当の意味で活力ある経済は再生しません。まずはこれからの日本にとって重要な、保育・教育、医療・介護といった分野の賃金を底上げし、雇用を拡大します。非正規雇用を減らし、希望すれば正社員になる道を広げます。過労死を招く長時間労働を厳しく規制します。格差を是正し、公正な分配によって、力強い経済成長の循環を作り出します。

2.原発ゼロ

一日も早く原発ゼロを実現するため、最大限の努力をします。2011年の東日本大震災発生時、官房長官として事態の把握と対策に立ち向かった経験は決して忘れられるものではありません。再生可能エネルギーは世界中で爆発的な成長を遂げています。著しい技術革新や、電力自由化の着実な進展を踏まえ、年内にも原発ゼロ法案を取りまとめて、国会に提出することを目指します。

3.立憲主義の回復

国民の議論抜きに提起される憲法改正に反対します。わたしたちはもちろん、自由と民主主義、国民の人権と暮らしを守るために必要な改定であるならば、正々堂々と議論をリードするつもりです。しかし専守防衛を逸脱した集団的自衛権の一部行使容認、これを前提とした憲法9条の改悪には徹底して反対します。

枝野幸男のあゆみ

東北大学法学部卒業後、24歳で司法試験に合格し、弁護士となる。

1993年(平成5年)日本新党の候補者公募に合格。手作り選挙を貫き、旧埼玉5区から衆議院議員に初当選(29歳)。

1995年(平成7年)から、薬害エイズ問題の真相究明・責任追及に取り組み、1期目で厚生省の情報公開と戦う。

1996年(平成8年)地域に基盤を持った本格政党としての民主党の立ち上げに参画。

2005年(平成17年)から2007年(平成19年)まで、民主党憲法調査会長を務め、立憲主義に基づいた憲法議論をリードする。

2007年(平成19年)に衆議院決算行政監視委員長を、政権交代後の2009年(平成21年)には行政刷新会議「事業仕分け」統括役を務めるなどムダづかい削減の先頭に立ち続け、2010年(平成22年)2月から内閣府特命担当大臣(行政刷新)を6月まで務める。

2010年(平成22年)6月から9月まで民主党幹事長を務める。

2011年(平成23年)1月から9月まで内閣官房長官を務め、東日本大震災、東京電力福島第一原発事故の対応にあたる。この間、内閣府特命担当大臣(沖縄・北方対策)も兼務する。

2011年(平成23年)9月から2012年(平成24年)12月まで経済産業大臣を務める。

2013年(平成25年)9月、再び民主党幹事長に就任し務め、2016年(平成28年)の民進党への結集を取り仕切り、同年9月まで、民進党初代幹事長を務める。

2016年(平成28年)から現在まで、民進党憲法調査会長を務める。

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